小療理屋~こんだ~

2018年12月、25歳で大腸がんステージⅣと宣告されました。料理が好きなのでブログ名は小料理屋とかけました(笑)。前向きな闘病記にしたいです!

記録:抗がん剤前の退院後の生活

おはようございます。

店主嫁のまりえです。

 

お盆に向けてお墓建てたり、納骨の日程決めたりとバタバタ動いてたらもう7月半になっててびっくりしました笑

梅雨が明けなくて個人的には6月の気分でいます←

 

以前手術後から退院までを記録したので、退院から抗がん剤が始まるまでのお家での生活について記しましょう。

案外家での過ごし方ってどうしたらいいの?とか家族は不安に思うのです。

こういう部分のフォローをブログで必死で探してましたので、店主の生活が誰かの救いになればなと思います。

 

退院が1/2。

それまでに治験の話等があり、即決でやりますといったため、組織片解析が終わるまで抗がん剤待機。

1/17に抗がん剤投与のためのポート作り。

1/18に抗がん剤スタート

というスケジュールでした。

 

1/3から1/16までのお家での生活について。

基本的にこの期間の熱は37.0-38.0℃、平熱を見た回数なんて数えるほどです。

37.5以降はやっぱり体が疲れるようで、ベットで寝てました。

あと、熱の上がり下がりが不安定で、38.0やと思ったら1時間後に37.2とかざらにありました。

基本的には頭には冷えピタ貼り付けての行動です。

便やガスは出たり出なかったりでお腹はまだ糸が溶けてない状態。恐る恐るといった感じです。

お風呂がとても疲れるようで、年始の休みはずーっとけんじ実家にお邪魔させてもらったのですが、お風呂の時にまりえがいてよかったわーってボソッといってて遠慮しなくてよかったーと思いました。

25歳の男性が家族に服脱がせてもらったり体洗ってもらったりはプライドが許さないそうです笑

 

さてそれ以外の生活はどうしてたかというと、、

あやつのことですのでじっとしてるわけはありません。

ご飯を作り、シュークリームを作り、精子凍結をし、同窓会に顔をだし、髪の毛を切りにいき、ゲームをし、散歩し、家探しをし、エクレアを作り、、、といったところでしょうか。

忙しいことこの上ない笑

ほんの2週間前まで恐る恐る歩いてた人がこんだけ動くんやなーという驚きですね。

人って強い。

 

彼としては、免疫として平熱上げてくことは良い感じがする!ってことで紅茶に生姜を入れて飲むことを常にやってて、ジンジャーシロップとか買ったり、熱が高いとさっぱりするものが口にしたいようで、レモネードやらをよく作っていました。

 

精子凍結は、微熱の中、名古屋へ行き、閉ざされた部屋でまぁ文字通り振り絞ってくれました笑。

その後のLINEがクッッソ機嫌悪かったので本当にしんどかったんだなぁ。悪いことしたなぁと思いましたが、その後に笑い話にできたのでよしとします。

 

あとは美味しいものをですね。

作るものは豆腐あんかけ丼とか、野菜中心のスープ、量を食べるとお腹の調子が悪くなるため、柔らかいものを少量、数多くを心がけて作っていました。

あ、作ってるものは優しいものでしたが、寿司とかパン、キッシュとかも普通に食ってました。

最初は柔らかいものを!と、気にしてましたが、食べたい欲が勝つのかいけるわっていって食べたいだけ食べて残りを渡されてました。

その期間に少し私の体重が増えたのは内緒。

私たちの中で、腹6分目!を合言葉として食事を楽しんでいました。

 

あとは、日常生活が楽にこなせる程度に体力を回復する。を目標に動いていました。

調子が良ければ散歩に行き、悪ければ家の中を歩く。

無理することも、急かす必要もないです。

 

どうしても”治さないと”と不安に支配されてしまう期間であったろうに、こうやって動けるけんじはやっぱすごいなぁと尊敬します。

泣いていなかった訳ではないです。不安を感じていなかったわけでもないです。

それでも、考え、悩み、”今、やるべきことを”と行動していた人が確かにいました。

 

家族は、ゆーて何もできません。何ができるかわかりません。

予測して準備する、ただひたすら見守る。やりたいことができるように考える。

嘆いても、悲しんでも、見てるだけしかできない。

自分の感情とかも私はけんじに隠してはないです。

一緒に悩んで、怒られ、謝り、後悔する発言したこともあります。今もごめんってなる。

それでも一緒にいるためには私たちには必要なことでした。

 

家族も本当に辛いです。

砂が手からこぼれ落ちてく、必死でかき集めてるのに。

 

そんでも何よりも忘れてはいけないのは、

 

本人が一番辛い。

 

それをそばにいる家族は、一番理解しなきゃいけないです。

 

私が助ける。支える。なんておこがましい。

側にいたいから側にいる。

それくらい許してよ?笑

って笑いながら言えたら万々歳かな!

 

f:id:kkenji0913:20200719080928j:plain

失敗したうんち

f:id:kkenji0913:20200719081023j:plain

寿司は食べてた

f:id:kkenji0913:20200719080720j:plain

美味しいパン

f:id:kkenji0913:20200719080846j:plain

豆腐丼

 

記録:手術後から抗がん剤が始まる前のおはなし

おはようございます。

店主の嫁、まりえです。

 

久しぶりに書きますね。

なんかここ1ヶ月は気持ちが急上昇、急降下の回数が多くてなかなか整理するまでの気力に持ってけてなかったのが原因かな。

4ヶ月経って何か気持ちに変化があるのかな?とか思っていたけど、人の気持ちって難しいですね。

 

さて記録を記しましょう。

 

手術後は本当にフロアを毎日何周もしてました。

1日のうちに10周は確実にやってたかな。人間腹切られても動けるんだなー。っていう生命の神秘に感動してました。

笑うととっっっっっっってもお腹が痛いらしく笑わせてくる看護師さんが悪魔に見えたそうです笑

 

2日後とかのLINE内容

 

おなかがね

ごはんをもとめてる

とろろごはん

煮魚も

 

って来てました笑

 

この時期の土日はお見舞いに来てくれる人と会いっぱなしの日々で、私はそのスケジュール管理をしてました。

きっと人に会うためには無理するから、けど人に会うことで元気を得る人だからと思って。共通の友人はまとめて時間都合を合わせてもらったり、いろんな方面に状況連絡を入れたりと裏でせかせか働きました。

みんなが会いに来てくれたこと、とても感謝しています。

あいつも元気をもらったでしょうし、私もあの人がいつも通りたくさんの人と話し、笑い、楽しんでいる姿を見て何よりもほっとしました。

 

手術から4日後にはご飯が始まり、5日後には尿カテ、ドレーン、痛み止め、栄養剤もなくなりました。

米の甘み、温かさを感じ、茶碗蒸しの出汁の味に感動しながら久方ぶりの食事を食べる姿はこちらがうるっとくるものでしたね。

あーーうま。茶碗蒸しうま。最高。

だってさ。

 

6日後には便もきちんと出て、医者の技術と人間の構造に感動するばかり。

感動してばっかな気がする。毎日が奇跡の連続です。

 

手術後10日で退院予定だったのでそれに向けて、家での過ごし方、食事とかについて話し合いました。

 

後、抗がん剤始まる前に精子凍結について。

今後何年か後に寛解する予定だったので、将来のプランの一つとして、抗がん剤で何が起こるかわからないから、精子凍結しといてくれないかをけんじと家族に提案しました。

抗がん剤をやることは手術前から決まっていて、その期間は4週間ないくらい。その間に退院している期間にやってもらわなきゃいけないと思っていたので、スピード勝負だなって。

不謹慎とは思いながらもお願いをしました。

けんじは聞き入れ、彼の両親もすぐに行動してくれました。

病院側はこういうことは提案してくれるものではありません。

治療等についてやっぱり貪欲に聞いて探って何ができるかを考えないといけない。

パートナーしかこういう提案はできないから、どうしてもやってほしいことは伝えて話あうべきかなと思います。

 

余命宣告について。

抗がん剤が始まる前の説明時に余命宣告が告げられました。

この時、私はそばにいなかったので、その時の様子はわかりません。

結構先生のおはなしって突然くるのです。

常にそばにいれるわけではなく、いないときのショックの受け方が見れない状況のフォローって案外難しい。

部屋にいったら憔悴しているけんじがいました。

余命についてはお母さんが伝えてくれました。2年半くらいだと。

あんまりショックを受けなかったんですよね。

大腸癌治療ガイドラインを読んでステージ4の余命が30ヶ月って書いてあったのもうすでに読んでたから。

ああ、ガイドライン通りに伝えられるんだな。ってのが最初に思ったこと。

後、どーせこやつはそんなことを軽々超えてくれるだろうと信じていた?願っていた?確信してた?から?かな。

本人も覚悟はしていただろうけどやっぱりそんなこと受け入れるというか、聞きたくもないわけで。

 

まだ25なのに。なんで。死にたくない。怖い。

泣いて泣いて。頭痛くなるまで泣いてました。

 

抱きしめてさすって泣かせてやることに専念しました。

その時は声なんてかけられないです。けど泣くことは我慢しなかったかな。

泣きじゃくりはしてないけど。

 

本当に癌に対して私ができることは何もなくて。無力感と怒りしかなくて。

そんでもあいつの心を支えることだけはしたいなって思ってひたすら耐える。

この人が今日穏やかに眠って明日の朝を今日より晴れた気持ちで迎えられることだけを願ってました。

 

退院は大腸の動きが悪くて年始まで延期になりました。

退院予定の次の日は雪で、病室から雪見てた。それが最後に見た雪やったな。

年末年始はお泊まりして福笑いと花札やりました。

f:id:kkenji0913:20200613065348j:plain

ひどいかおのおかめ

 

1/2に退院できた。

その時は快晴。

父の運転する車の後部座席で寝るけんじの手を握りながらみた空は忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Another story~お通夜

こんばんは。

店主の嫁のまりえです。

 

お通夜の日のこと

朝起きて、けんじが黄泉の国に出かけるための旅支度。

お弁当は味噌入りおにぎり。

ちゃんとおいしいものを用意しなきゃと朝から釜でご飯を2回炊いて、家にある3種類のお味噌を入れました。

あの人、塩むすびおにぎり好きやったんよなぁ。たまに朝ごはんでおにぎり作ってやるとすっごい嬉しそうにしてたの思い出しながら握った。

どうしても同じものを食べたくて、私の分も握ってけんじの横で食べました。個人的には赤味噌がお勧めです。愛知県民らしく笑

それ以外に4つ味噌おにぎりが残ったからお母さんお父さんお兄さんにあげようと思ってて、一個余るなぁと思っていたらおばあちゃまもおうちに来てくださることになって。

おばあちゃまの分もちゃんと用意してくれたのね。とあいつは本当にいろいろ用意周到だなあと。

みんなで同じものを食べれて嬉しかった。

f:id:kkenji0913:20200513220215j:plain

炊き出し

f:id:kkenji0913:20200513220322j:plain

味噌入りおにぎり

 

昼前にお家を出発。

次に帰ってくる時にはお骨の状態なんだなぁと思って、あいつがちゃんと隣にいたってことを残したかったからお布団を並べて寝てるところの写真をとった。

会館が実家の近くだったから、途中までいつも2人で通ってた道を通る。

もう2人でこの道をドライブできないんだなって少し涙が出た。

 

会館に着いて、最後に体を綺麗にしてあげるために湯灌をした。

普通であれば、家族はあんまり立ち会わないらしいんだけど、特別に立ち会わせてもらえたし、一緒に洗わせてもらえてとても嬉しかった。

お風呂大好きだから気持ちよかったやろうなーって、今写真見返しても気持ちよさそうな顔してたから手伝えてよかったな。

棺に納める前に最後に触れた。

いつもけんじより私の方が手の温度が冷たいのに、いつもと反対で。

けど、手の柔らかさはいつもと同じで、いつもマッサージしてくれて私を癒してくれた手だった。

いっぱいこき使ってごめんね!癒してくれてありがとう。

 

棺に納める時に一つハプニングがあって、身長大きくて棺のサイズがギリギリだった笑

みんな若干焦るっていう。。最後まで笑わせてくれるじゃないか。

本当になんなのよあんた笑

 

お通夜が始まる前に、みんなで作ったものを飾り、けんじに一言書いてもらおうと思っていろいろ準備した。

f:id:kkenji0913:20200513223555j:plain

けんじへの一言募集とあいつの写真展

式が始まる前に、続々と人がやってくる。

たくさんの人が泣きそうな、信じられないって顔をして。

 

親戚の人とはそこで、初めまして嫁になりました。まりえですって挨拶した。

お見舞いに来てくれた人、この一年で出会った人たち、大学で共に過ごした人たち、そこで初めて出会う人も。

本当に多くのひとがけんじのことを偲んでくれて、慈しんでくれて、愛されてるなぁって実感して、あの人の妻になれたことを誇りに思った。

 

白かった部屋が、たくさんの人によって黒く埋め尽くされた。

スケッチブックに一言書くために、多くの人が並んでくれて、駐車場は入れなくて近くの小学校まで、外まで人が溢れて、交友関係がとっっっっっっても広いことは知っていたけど、ここまでかよってちょっと慄いた笑

 

夜中まで人の波はひかず、たくさんの人が来てくれた。

とーーってもうれしかった。

誰だったか、これはフェスだって言ってくれた。

たくさんの人を楽しませることが好きな人だから、最高の褒め言葉だなって。

ちゃんと私は私の役割を果たせてよかったなって思った。

ちゃんと褒めてよ。ね。

 

 

Another story~けんじのお祭り(通夜準備編)

こんにちは。

店主嫁のまりえです。

 

帰ってきた日からお通夜の前の日の出来事

 

けんじが病院から帰ってきて、とりあえず、感情爆発させました。ずっとずっと我慢してたことを泣き叫びながら言いました。もっとどうでもいい奴が死ねばいいのにって。なんでけんじが死なないかんのって。癌に対する怒りがどうしようもなくあったから。神様なんかいない。嫌い。もう二度と私は健康に関わる神様に参ることはないでしょう。

 

葬儀屋さんと葬儀の打ち合わせをしなければならなくて、やろうか?って家族が声かけてくれたけど、喪主は私ってけんじから指名受けてたから、意地でもやったると思ってやった。

結婚して初めて妻として名前書く時が、あいつの死亡届で気が狂いそうでした。

とても大切に書きました。

 

お通夜の流れの説明を受け、挨拶の言葉考えたり、けんじとのエピソードを葬儀屋さんに伝えたり、書類関係書いたり。

やること多すぎ。

喪主ってやること多すぎ。(二回目)

 

本当に、けんじ家族親戚一同葬儀屋さんの皆々様がたのお世話になり、土下座する勢いで感謝でいっぱいです。

 

お葬式が友引にかぶるために、一日準備期間がありました。

朝ごはんはあやつのさわらの西京焼きを独り占めしてお腹に元気を溜めました。

f:id:kkenji0913:20200429092652j:plain

さわら西京焼きの残り

 

一日準備期間あげたんだから、けんじが来る人を楽しませろよって言ってるわー。って思ったので、いかにたくさんの人に来てもらえて、いかにみんなを楽しませて心に残る葬式にしよかなーと。

それじゃあいつが見た世界、あいつの写真たくさん用意しなきゃ!ということで、けんじのカメラのデータ6年間分のSDカード計16枚必死こいて見ました。一晩で流し見して、気になる写真のフォルダに移す。目が痛い。辛かった。多かった。楽しかった。いっぱいけんじが見た世界があった。あいつがいた。

データ量多すぎだわって言いながら、お布団で寝るけんじのおでこペチペチしながら頑張りました。

選んだ後は、けんじのお兄ちゃんに渡して、カメラのキタムラでひたすら作ってきてもらうという完璧な連携プレー。

 

また、けんじとのエピソードを電話で答えてそれを追悼のしおりにしてもらうのですが、たまたまみんな各々に任された仕事をするために出かけてて、部屋にはけんじ兄と二人。そのタイミングで電話かかってきて、けんじへの想いを電話相手にいうってなんの羞恥プレイかなって思いました笑

あの1日でけんじ兄との関係がガラッと変わった気がします笑

 

その間に、奴がたくさんの人を呼んでほしいっていうから、知り得る範囲でSNSを使って連絡、Twitterにも投下、私の携帯とけんじの携帯がひたすら震える。それを横目に私は震えた。SNSって怖い。すごい。

本当にありがたくて、いろんな人の優しさに感謝して。けんじの人たらしって家族みんなで言いながら、喜びました。きてくれた皆さん。気遣ってくれた皆さん、コメントくれた皆さん。本当にありがとうございます。

 

Twitter、LINEで本当に多くの方にコメントをもらったので、ぜひ棺に入れてやらねば!と思ってけんじが手書きで残したアカウントに入ろうとしたら違うし、そっからあいつのネット関連のパスワード破りを始めました。

 

棺はみんなのメッセージが書ける棺があったので、これしかないじゃん!と思って選んだし、遺影の写真は、私が大好きなあやつの笑顔の写真。ほどんど迷わず決めた。いろんな人にあぁこの顔だよねって言ってもらってとっても嬉しかった。

 

結構決め事はさらさら決まって、みんながけんじのために!って動いてる空間がとても素敵だった。けんじが操っていたのかもしれない笑

それくらいにスムーズだった。

 

私の記憶と感情とけんじのことを忘れたくなかったから、けんじが帰ってきた日と通夜の前日の夜までに記録として全て書いた。まとまってもいなく、書き殴って、全ての記憶と感情を日記帳に記した。今読み返すと私もかなり混乱してたと思いました。

何かに書き殴るのは結構お勧めです。整理ができる。

 

寝る時には隣で眠るけんじのおでこをひたすら撫で、たくさんちゅーして、ぺちぺちしといた。

あやつはずーっと笑って眠っていた。

それがとてもとてもムカついて、悔しくて、愛しくてたまらなかった。

死んだ後は悲しみで打ちひしがれて何もできないって思ってたのに。

笑って、動けた。あいつがやってほしいことを考えるだけであんなに動けた。

 

私がやりたいことを全てやらせてくれて、助けてくれた家族、友人には本当に感謝しています。

本当に本当にありがとう。

 

記録:開腹手術と義父と私と

こんばんは。

店主嫁のまりえです。

なんか、二週間で世間はすごい状態になってるなー。

春節の頃にけんじがコロナ広まったらまじで嫌だなーっていってたけど、こんなことになってるとは思わんかったやろなー。

 

さて、手術中のことと、その付近の義父から私への意思確認について、私の気持ちもついでに話しますかね。

 

 

手術内容は原発巣(大腸右半結腸)切除のための開腹手術でした。

けんじの癌は大腸と肝臓、膀胱あたりに播種があって、大腸の癌がギリギリ胃まで到達してなくて、なんとか原発巣が取れるっていう状態でした。

大腸癌の手術で調べると腹腔鏡手術とかも出てきますが、まぁそんなレベルではなかったということです。鳩尾からヘソ下までザクッといって、場合によってはストーマ人工肛門)になる可能性もある。

手術前に、開けた次第でストーマつけますから、先に買っといてくださいねー。っていう説明。なんというか、動揺するポイントをどこに持ってけばいいのかってくらいサラッと説明受けます。後、手術後は腸の癒着を防ぐために、できれば早く歩いてくださいね。と唾とかで誤嚥しないようにするために呼吸の方法などを教えてもらいました。

 

彼はきちんと教えてもらったことは手術直前まで練習してました。優秀な患者です。

本当にナメてかかると大変なのできちんと練習することは大切なんだな。って手術後に見てて思ったので、手術前の方がそばにいらっしゃる方は一緒に練習しよう!と声かけてあげるといいと思います。

 

昼くらいに奴を見送って、私は一人で病院の食堂でわかめうどんを食べた気がします。食欲はなかったですが、見てるこっちも体力勝負なのできちんと食べることをお勧めします。

 

予定された手術時間は4時間。

義父と手術室前のソファで待機です。私たちの他にも3組?いたはず。

不安、希望、願い、怒り、疑問、祈り、全ての感情を抑えながらただひたすら手術が無事でありますようにと祈り続けるあの空間はなんとも言えない。

時間が長いこと。

ここまでの道のりは距離は長いがダッシュで駆け抜けてきて。あいつが麻酔で眠らされてて少し、こっちも気が緩んで今までのことを振り返る瞬間でもあって。

義父と二人でポツポツ話し、黙り、ポツポツ話し、他の患者さんの家族が呼ばれ、今か今かと陽が傾く中で待ち続けました。

 

その時だったかその前だったか、その後だったかあんまり覚えてないけども。

義父にけんじと別れるか否かという話をしました。

それこそ、私たちはただ付き合っていたというだけで、結婚についてはまだどちらの両親にも挨拶に行っていない状態。お互いが結婚しようね。と言っていただけの宙ぶらりんな時にけんじの病気が見つかりました。

話を切り出された時、あぁこれがドラマで見る二人が引き裂かれるか否かの感動のシーンだなぁと思いながら話を聞いてました笑

お義父さん真剣だったのにこんなことを考えててごめんなさい笑

こんなことを思えるくらいには、別れる気はさらさらなくて、あいつがいなくなったとしてもあいつが生きてるうちに離れることなんてありえない。それこそ、離れたら一生後悔する。

ということをきちんとお伝えしました。

親という立場からしたら、とてもとても複雑な顔をされましたし、とても苦しい顔をされていたのが印象的でした。悩んだだろうなぁ。

私が今後、親になる可能性は低くなってしまったので、けんじや私の両親の気持ちを知ることは難しいでしょう。

時に、親の気持ちを考えたら、、、っていういろんな人の言葉にたっっっっっくさん聞きました。本当に。みみだこ。まじで。うん。

けどさ、人の気持ちを考えて自分の意見を変えるくらいなら、もう別れてるよ。

いっときの感情でこんな重たいことには向き合えない。

この時、私は私の両親からお前は、まだ子供だからわかるわけない。って言われたりした。じゃあ、こんな状況にあなたは今までの人生なったことあるの?って聞き返したかった。

脱線しましたね。

 

こんな感じで、綺麗なことばかりじゃないです。いろんな人の複雑な気持ち、身近な人たちへの怒り、葛藤、今でもこの時のことを思い出すとぐちゃぐちゃになります。

もし、周りに私みたいな人がいるなら、自分の気持ちを伝える前に、当事者の言葉を黙って、空っぽになるまで聞いてください。

あと、話したくなったらいつでも話し聞くから!は結構話しづらいです笑

どうしたー?大丈夫かー?大変よなー。って突っ込んでくれる方がありがたい人もいます。

まあ人によるので一概には言えませんが。参考程度に。

 

”あなたのために””あなたの幸せを思って”は、その人のことを思うあなたの幸せであり、”私の周りでね”はあなたの周りでしかない。

 

優しさで言ってくれることは理解できるし、ありがたく感じますが、たまに受け付けない事もあります。そんな自分に嫌気がさす事もあります。難しいですよね。

 

まぁこんなことをこの時期にはよく思っていました。

 

なっっっっっがい手術時間を終え、呼ばれ、先生にストーマなしで、原発巣取れました。というお話が15分くらいあって、ICUに呼ばれる前に義父と二人でソファに文字通り、崩れ落ちました。ほっとして、これからも不安で、ほっとしてほっとして。

ICUに行ったらアルミホイルみたいなので包まれて至る所からチューブに繋がれ、痛みで苦しむけんじがいました。

結構あの人、穏やかな人で人に怒鳴るなんて本当にないんですけど、痛すぎでブチギレてましたね笑

お義父さんがどこが痛い?って聞いたら”はい、か、いいえで答えられる質問にしろ!うるさい!黙れ!”ってはっきり叫びながら言いました。ぶっちゃけ笑えました。

こんだけ話せてせん妄もなく意識もはっきりしとれば大丈夫だわー。と思いました笑

さすが強い。

手術前に習った呼吸法を一緒にやってやると、一緒にやり始め、私の息が顔に当たって気持ちいいって言ってたなぁ。かわいいなぁほんと。

一緒におりたかったけど、その日は帰ってきたのを見届けて帰りました。

 

次の日の朝はLINEし出勤し、再び病院へ。

もうその日のうちにICUを一周歩き、普通病棟に移り2周歩き、私に歩くところをしっかり見せてくれました。

 

本当に頑張ってくれました。

さすがけんじ!!頑張ってくれてありがとう!

 

 

 

記録:手術までの一週間

こんばんは。

店主の嫁まりえです。

 

転院らへんのことについて、LINE遡って記憶整理。

 

2018/12/11  総合病院で癌かも知れないと言われる。

2018/12/13 癌センターに転院。

2018/12/14~2018/12/16 検査まるけ、けんじ曰く人間ドックのフルコース

胃カメラとか、階段昇降的なやつ(手術に耐えれるかどうかって言ってた)とか

2018/12/17 20:00くらいかな? 告知

2018/12/18 手術

 

これが一週間のスケジュールでした。

転院した当初は、年始に手術やるかなー?とか聞いていたんですが、検査を行い、ほぼ腸閉塞で、たまたま手術の時間が取れたということもあって、即手術となりました。

そんなことあるんだーと思いましたが、告知の前に手術の日程と時間が決まっていました。

 

なんといっても情報量が多すぎて、、、

 

告知に至るまでの時間で一人でおると考えちゃうよなーっていうのと、私も顔見てないと不安で不安でしかたなかったので仕事前の数分で電話し、昼休みはLINE、仕事終わりにダッシュして病院、休みの日は病院にお泊まり、とやりたいようにやらせてもらいました。

前にも話した通りですが、けんじと過ごせない時間は癌のこと、手術のこと、抗がん剤のことひたすら調べました。

私は結構アナログな人間なので本屋に行って、医師の説明で出てきた単語、カルテや画像に書いてある文字を盗み見て、あとで調べようと”大腸癌治療ガイドライン”を手に入れてきました。読んだあと、とてもすごく嫌な気持ちと吐き気に襲われましたが、現実を知るにはよかったと思います。ふわふわした内容よりも正しくガツンとくる内容の方が必要。

 

また、あやつとの過ごし方について、LINE見返して思ったことは、病気のことを聞くのは、電話か、直接あった時に。顔が見れない時はご飯のこと、スポーツのこと、季節のことなどけんじの好きなことを話してました。

絶食のけんじを目の前にして、純豆腐チゲ食べた記憶もあります笑 

とっても悔しそうな顔をしてたので匂いだけかがせてあげました笑

また出す、出さないは置いといて婚姻届書こう!といって書きました。

書いて二人でニヤニヤして写真撮りました笑

 

 

告知の時、当時お義母さんらは入院してたので、けんじ、お義父さん、私の三人で聞きました。

私自身、ご家族のみでお願いします。とか言われるのかなーと思っていたのですが、特に何も言われることなく、さらっと入れました。病院で我が物顔でけんじの隣にずっといたから行けたのかな?

 

多分、けんじ、家族は動揺するだろうから、ここにいたくてもいれないお母さんのためにも今の状態、これからのスケジュールなどしっかり聞いとかねばと、メモとペンを握り締めて気合を入れて行った記憶があります。

 

そこで聞いた内容は、大腸癌、ステージ4、肝臓転移、腹膜播種

これからの手術の内容、開腹手術だが開けてみないことには切れるか切れないかもわからない。抗がん剤の投与のための入院スケジュール。副作用について。CT画像も見せてもらって、肝臓の真ん中にどかん、両翼にもバラバラと癌がいた。これは切除不可だ。抗癌剤で切れるようになることもある。そうなることを最後まで信じていたけど、この時に隣からいなくなってしまう未来がきてしまう事も同時に覚悟した。隣で生きようと必死なのにその考えをする自分を殺してやりたくなった。

左隣を見ると、血の気がひいていってるけんじがいて、よりいっそう感情を殺して今を聞かねば。と思い必死でメモった。

全てを聞いたあと、けんじはぐったりとベットに倒れ込んだ。激しく動揺し、震えていた。

この時、大部屋だったため私が泊まってあげる事もできない。こんな状態のけんじを置いて帰るなんてできない。そう思っていたが、看護師さんが個室を急遽用意してくれたので泊まることができた。本当にありがたかった。

個室を準備するために移動する合間で、けんじから一瞬だけ離れた。崩れ落ちそうになる手足、叫びたくなる気持ちを必死で殺した。看護師さんが声をかけてくれたが、大丈夫です。としか返せなかった。何も大丈夫じゃなかったから。

 

体をさすり、そばにいた。眠れるように、神様この人は死んではいけない人だから、頼むから助けてと心で何度も祈りながら、そばにいた。けんじの寝息が聞こえてきて安心した。あいつが寝た後に、デイルームで一人、祈り続けた。

 

朝起きて、おはようと。

起きた後の顔がすっきりしてて、笑ってて、あぁなんて強いんだ。って思った。

やっぱり私の心を救ってくれるのはけんじなんだよなーってなった。

術前に写真とろーよっていって撮った。いい顔してると思う。

f:id:kkenji0913:20200331232637j:plain

手術の日!

手術前には、お母さんが一時退院できて、みんなでけんじを送り出してやれた!

しゃんとして手術室に向かって行った姿はカッコよかったな。

 

 

今日はここまでにしよかな。

 

では、また。

 

 

Another story~法要49!祝仏

こんばんは。店主けんじの嫁まりえです。

タイトルにある通り、四十九日法要が先日の日曜日に終わりました。

立派な仏になって、生きとし生けるものを見守る存在になったそうです。

私としては、私が死んだ時に共に極楽浄土に踏み入れたいなと思うので、もう一回輪廻転生して、側でどんな形であっても私の周りをうろうろしててほしいものですが。こればかりは、わかりませんね。

少なくとも自分は死んだら修行すっ飛ばしで極楽浄土に踏み入れることができる自信があるので先行かずにちゃんと待っとるんやぞ。わかったかーけんじ。

 

さて、この日のプランを説明します。

法要する→けんじ仏に昇格→けんじが選んでった車を納車する→けんじ仏と共に実家へ→祝輪廻転生パーティ(略して輪パ)→けんじのことを語り合う

 

なんとも情報量が多い日ですね。みんなやる気あります。さすがけんじが育った環境です。

 

温かく柔らかな光がさす日でよかったな。桜も咲いていた。

f:id:kkenji0913:20200323234715j:plain

お寺の桜

みんなでけんじがとった写真を見返して、写真上手にとるねーってどれだけ言われたかな?笑きっと嬉しそうににこってして、ここはどこで、こんな土地だったよ、美味しいものは、物珍しいスーパーで売ってるものとか話すんやろな。って思った。

 

さて次は、けんじと一緒に選んだ車をとりに行きました!

綺麗な青のかっこいい車です。ハイテクで感動。バックモニターってしゅごい。

去年の今頃はいかつい車で劇を見に行きました。

f:id:kkenji0913:20200324000153j:plain

だいしゃのいかついくるま

同じ写真撮らねばなと思って、

f:id:kkenji0913:20200324230447j:plain

けんじからのみつぎもの

多少恥じらいが取れないところが私とけんじの違いですね笑

私自身ピカピカのゴールデンペーパードライバーなので、これもけんじからの課題の一つなのです!なので私に命を預けて乗ってくれる方募集中です!

これに乗っていろんなところにけんじを撒きに行く予定。

 

さてこのあとはけんじの実家にて、けんじ祝仏、輪パを行いました。

けんじが作って冷凍庫に保存してあった鴨のローストをみんなでいただきながら、泣いたり笑ったり、けんじきっとあー言っとるぞやら、なんやらどんちゃん騒ぎ。

こうやってみんなでわいわいできるのも、賢治がつなげてってくれた縁のおかげ。ありがとね。

そして、すごくすごく美味しかった。

けんじの味を作れるように記憶にしっかりと刻んだ。

f:id:kkenji0913:20200324232911j:plain

やわらかくてやさしいお味の鴨さん

こんな感じでとっても忙しい1日でした!

 

気持ちの方は、四十九日忌終えて落ち着くとかはあんまりなくて、寂しい日は寂しく、大丈夫な日は大丈夫、その日の気持ちに寄り添いながら毎日を過ごしています。

 

また、多くの方が私たち家族のことを気にしてくださり、声をかけていただけることとても感謝しています。皆様、本当にありがとう。

 

けんじへ

修行お疲れさん。いろんなところでトラップがあっただろうけど、よく頑張りました!

これから、たくさんの生き物を温かく見守っていくと聞いたので、美味しいお魚さんたちは私があんたに代わって命をいただきます。そしたら、あんたのとこへ連れて帰ってな。

極楽浄土の上の人たちに怒られるかも知れんけど、たまには少し、贔屓目で私のことも見といてください。それか、夢を伝って会いにきてな。

私もけんじと約束したから、頑張るよ。生きてることは楽しいって思えるような毎日になるように頑張るからね。

約束守るから、私の最期には迎えにきてな。よろしくねん!   まりえ

 

 

 

では、また。